旅とか雑記とかを冗長に

captures #036 | 少子化




ハッスル!ハッスル!

2007-04-30 摩周湖(北海道)

ニートになってニートを辞めた話 4/6

event_note12/05/2021 forumNo comments


2020年秋

この頃から、なんとなく「そろそろ働かないとマズいのかな」って心の片隅にモヤモヤとした気持ちが出現。

無意識にこのままじゃ社会復帰できないって思いや、順風満帆な人生からドロップアウトした劣等感のようなものがあったのかもしれない。いや、確実にあった。

「いつまでその生活をしてるの?」と思われてるんじゃないかって勝手な被害妄想。誰かから急かされたとかは一切無いのに。

一方、働いたらまた病状が悪化するんじゃないかという不安も強く感じる不協和音。

次ダメになったら一生立ち直れないって恐怖。

で、勇気を振り絞ってとある仕事に応募したけど不採用。

「まー、次あるし(楽観)」って気持ちと、「ホッとした」って気持ちが交錯。

並行して毎日のように山を徘徊。

山で軽くランニングできるまで体力は復活。まだまだ昔ほどでは無いけど、体力に自信がついてきたかな。


毎日山を徘徊するうちに、同じように毎日山を歩くニート達と顔見知りに。

彼らは僕のような社会不適合ニートではなくリタイヤ組。ニート界のヒエラルキーでは頂点に立つ成功者ニート。

最初はお互い「この人見たことあるな」って感じ。

そのうち「こないだも歩いてたよね」って声をかけられ、「おはよう!今日も頑張ってるね!」とステップアップ。

当然相手から声を掛けられるのであって、恐れ多くも僕から成功者ニート様へ声をかけることはできない。いや、単なるコミュ障。

たまに少し離れた山に行き始めたのはこの頃。


2020年冬

とある仕事に応募。

募集要項を見てもどんな仕事か具体的に想像できなかったけど、まあどうにかなるやろの精神で。

病気が悪くならないかって不安はあったけど、このまま立ち止まっていたら永遠に前に進めない気がしたし、貯蓄だっていつかは無くなってしまう。

いつか直面してしまう現実に、そろそろ真っ向から対面しなくてはならない時期なんだ。

この辺で旅はスッパリ諦めて現実世界を生きることにシフトしよう。

で、あっけなく採用。

非正規だし週4日勤務だけど、今の僕にはこれでいいのかもしれない。

4月から新しい生活に入ってしまう。

世間や貯蓄、そしてなにより自分が許してくれれば、このままニートでいたかった。

トレイルウォーキングは並行して継続。

徐々に距離が延びて標高が高くなる。


3月30日。

忘れもしない最後のトレイルウォーキングでは、挨拶程度だけど知り合った人全員とすれ違う奇跡。こんな事はこの道を歩いて初めて。

もちろんコミュ障なので「4月から働くのでこれで最後です。これからも元気にここを歩いてください」なんて言えず、「ア、、、コンニチワー」って挨拶。

また会えるかもしれないけど、一つの区切り。

この日の山吹は綺麗だったな。


captures #035 | 割河




息遣いが聞こえるほどの距離

対岸は異国

2011-07-14 メーサイ(タイ)

ニートになってニートを辞めた話 3/6

event_note11/28/2021 forumNo comments


2020年春

気がついたら世界中大パニック。空港閉鎖。


この頃から次の旅は延期かなって考えがチラリ。

嫁さんに「まだ行くつもりだったの?どう考えても行けないじゃん」って当然のことを言われた時、唯一の目標を見失って不安になったな。

このままだと「長期の旅をしてます」と言える身分から「ただのクソニートうんこ製造機」の肩書きになってしまう恐怖。

いや、どっちの肩書きも社会的にはあまり変わらないか。

ニートである自分を唯一支えていた旅が無くなってアイデンティティが崩壊寸前。

なんでもいいから何かやっていたかった。気を紛らわしたかった。

そんな僕の不安をよそ目に、この年も変わらずに桜がやって来た。

この地に住んで2度目の桜。


で、何をやってたかって、近所の里山をひたすら歩く日々。

デブ活しすぎたせいで体重が激増。流石にヤバいと思ってダイエット。

登山は幾つかある趣味の一つ。

山の無い地域に転勤したから2年前の転勤を機に山から完全に離れていた。

でも心のどこかに山への想いがあって、近所の軽めなコースを歩いて体重を落としながら足腰鍛えようって算段。

ほぼ毎日近所の里山をゾンビの如く徘徊。

ウォーキングのようだけどトレッキングのようでもあるから、トレイルウォーキングと勝手に命名。


2020年夏

この年もトマトは豊作。


里山を軽くトレッキングと言っても、流石に夏は地獄。

むしろ低山なので気温が高くて熱中症寸前。アルプスよりも難易度が高い。

2時間で水を2リットル消費して、水無し状態で帰路を歩いたのは死んだ。


毎日のように継続して歩いていると、少しづつタイムが縮まることが嬉しく思えてくる。

少し冒険しようと距離を延ばしたり、別のコースを探検したり、少しづつだけど行動範囲を広げていったのはこの頃。


普通の人にとっての一歩が何万歩にも感じていた。

普通の人にとっての段差が永遠に続く階段に感じて、結局一歩も踏み出さぬまま絶望していた。

まずは山から、少しづつ自分を取り戻して行こう。

captures #034 | transparent




透き通る花弁

この花の淡い香りは

きっと幸せになれる

2017-01-28 大倉(神奈川県)

ニートになってニートを辞めた話 2/6

event_note11/20/2021 forumNo comments


2019年秋

「アジアハイウェイ1号線の旅 激走東南アジア編」から帰国したら秋。


帰国後1ヶ月は家の事をしながら次の旅の妄想。

春に引っ越してきたマイホームには、この頃はまだ慣れてない感覚。なんとなく落ち着かない。

ほとんど日本にいないんだから当たり前か。

11月にインドへ向けて出発。

ゴアで遊びまくろうと期待していたのに、直前になってうつが悪化。けど執念で出国。

本当にマズくなったら飛行機で帰って来ればいいや。半分投げやり。


この旅は「アジアハイウェイ1号線の旅 狂宴南アジア編」としてアップ済み。

2019年冬

「アジアハイウェイ1号線の旅 狂宴南アジア編」から帰国したら冬。

銀杏並木が真っ黄色になっていて季節の移り変わりを感じる帰国だったな。


正直、旅にちょっと疲れた感。けど、春にはまた旅に出ようとニート生活を満喫。

この頃になると家のことも落ち着いて、やることなく過ごす日が多くなる。

無味無臭で張り合いのない日々。ニートであることに若干の背徳感。

年末頃に中東情勢がきな臭くなったので、次の旅で中東は後回しにすべきか思案。

それとほぼ同時に中国で疫病発生。

そして例の豪華客船。瞬く間に日本は震撼。

それでも数ヶ月で騒ぎが収まると思っていたから、鼻クソほじりながら次の旅を妄想。

この頃から旅したことを文章化しようと思い始めた。

会社を辞めてから行った3つの旅は、事前にネットで情報収集しても情報量が圧倒的に少ない印象。

いつかその地を旅する誰かのために微力ながら情報を追加できればいいなとの理由と旅の記憶の棚卸しが目的。

目的は他にもあるけれど、それは説明しなくていいや。

最終的にブログという手段を選んだけど、媒体なんてなんでも良かった。

captures #033 | 墨浅間




冬の深山

浅間参り

2012-01-07 蛭ヶ岳(神奈川県)