旅とか雑記とかを冗長に

アジアハイウェイ1号線の旅 激走東南アジア編【1日目】飛行機で成田空港からバンコクへ


ーーーこの日のミッションーーー

  • 飛行機でバンコクへ行く
  • ドンムアン空港からモーチットのバスターミナルへ行く
  • 夜行バスでメーソート(タイ側の国境の街)へ行く

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朝6時に起きてシャワーとうんこ。

7時頃にチェックアウトして3分で空港内。

空港直結、なんて素晴らしい!

この日に乗るのは10:40発のタイライオンエアー。初めての航空会社。

チェックインカウンターに行ってパスポート「だけ」を見せる。

そう、パスポート「だけ」。

今はEチケットの時代。

僕は念のために2枚プリントアウトして持って行ったんだけど「本当に見せる必要はあるのか?」って疑問を持っていた。

それに海外にいる時に急遽飛行機に乗る必要がある場合、プリントアウトは難しい。

日本のように気軽にプリントアウトできるコンビニなんて無い。

そんな疑問があったので、パスポートを見せるだけでチェックインできるか試してみた。

結果、オッケーだった。(タイライオンエアーの場合)

最近の出国審査は簡略化されて、パスポートを読み取る機械式のゲートを通るだけ。

パスポートのスタンプは、お願いしないと押してもらえない。

もちろん僕は押してもらう。

やっぱりスタンプは集めたい。

免税店エリアを過ぎてペットボトルの水を購入。

LCCは飲み物が有料なので僕的には重要。(本当は機内持ち込み禁止)

タイライオンエアーに乗るのは今回が初めて。

乗って驚いたのは途中でサンドイッチが出たこと。

他のLCCだと軽食が出た記憶が無い。

何もやることの無い修行のような6時間が経過すると、飛行機はバンコクのドンムアン空港に到着。

現地は15時ぐらい。

この空港、前回の旅で美味しいおかず飯屋さんを見つけていた。

前回の旅:この旅の2ヶ月前にマレー半島縦断の旅をしました。無職万歳

おかず飯:ご飯に好きなおかずを乗っけて食べるやつ

場所は建物に入って右にずーっと進んだ所にあるエスカレータを上がってすぐの所。(記憶が曖昧)

早速、おかずを2品指差しで注文。

期待を裏切らず美味い。


この日やらなければならないのは、今夜発のミャンマー行きバスのチケットを確保。

それ以外はバスに乗るまでまったくやることが無い。

僕「とりあえずモーチットのバスターミナルに行くかな。でもどうやって?」

国境の越え方とかはある程度調べていたけど、空港から市内へのアクセスは調べていなかった。

前回の旅(2ヶ月前)でこの空港を使った時には、出発便だったので市内へのアクセスは知らない。

仕方無いので、空港職員にモーチットへの行き方を聞いてみる。

面倒臭そうな行き方だったらタクシーにしようと思ったけど、案外簡単に行けそうだったのでバスに乗車。

モーチット駅に着くと、バスの乗客が全員降り始める。

僕もそれに続いて降りる。

海外でバスに乗る場合、降りる場所がわからなくて毎回不安になる。

目的地が終点ならわかりやすいけど、経路の途中にあると降りるタイミングがわからない。

モーチット駅からバスターミナルまではタクシー。

以前、逆方向(バスターミナルからモーチット駅まで)に歩いたことがあるんだけど、地味に疲れた経験があるので、ここはタクシー一択。

途中、熱帯魚屋さん街があるので街ブラにはおすすめ。

モーチットのバスターミナルに到着すると、バスのチケットのカウンターを探した。

カウンターが沢山あって、どこに行けばいいのかサッパリわからない。

職員のおばちゃんがキョロキョロしている僕を見て、カウンターの場所を教えてくれる。

ありがとう、おばちゃん!

ーーーお役立ち情報ーーー

  • メーソート行きのバスのチケットカウンターは25番
  • 事前調べでは「夜行は3便」とのことだったけど、カウンターのお姉さんにPCの画面を見せてもらったら、もっと沢山ありました

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カウンターで僕がチョイスしたのは21時半発のVIPバス。

タイのVIPバスはこんな感じ。

  • 横3列(2+1)のシート配置になっていて広い
  • トイレがある(シモのゆるい僕には重要)
  • 軽食がもらえる

写真は「112番乗り場でシートがB5」なんだと思う。


出発まで4時間ぐらい時間がある。

けど何もすることが無い。

ベンチに座ってボーッとしたり、外にタバコを吸いに行ったり、コンビニをウロウロしたりして時間を潰す。

いい加減疲れたところで、食堂を見つけてカオマンガイを食べる。

カオマンガイはタイ料理の中で一番好き。

カオマンガイ:鶏の茹で汁で炊いたご飯の上に鶏をのせたご飯


その後もターミナル内をウロウロするけど何もやることが無い。

周りのタイ人にならってザックを枕にして床で横になることにした。

出発の時刻が近づいたので、乗り場に行くとバスが待っていた。


ちなみに僕は乗り物に乗る時は毎回写真を撮るようにしている。

休憩とかでバスを降りると、どのバスに戻ればいいのかわからなくなってしまうから。

ナンバーを記録しておいて、その番号を頼りに戻るようにしている。

席に着くと、隣は若い女性。(ラッキー!)

でも出発早々に頭から毛布をかぶってしまった。(残念!)

座ったシートにはいかにも高機能なリモコンが付いていた。

背もたれやフットレストの角度を色々変えることができるらしいんだけど、所々故障して機能しない。タイクオリティ。

マッサージのボタンを押すと、微かに振動が感じられるだけ。

この後、サービスエリアで一度休憩。

VIPバスとは言え、シートに座りながらぐっすりと熟睡するのは難しかった。

途中何度も起きながら、国境の街メーソートへの到着を待った。

アジアハイウェイ1号線の旅 激走東南アジア編【前日】前泊のため自宅から成田空港へ



飛行機出発は翌日の10:40。

心配性の僕は3時間前には空港に着いていたい。

でも家から空港までは始発のバスに乗っても間に合わない。

結局、僕は成田空港と直結しているカプセルホテルに前泊することにした。

このカプセルホテルは2回目となる。(安くて便利!)

昼過ぎに自宅を出て、路線バス、電車、空港リムジンバスと乗り換え、成田空港に着いたのが16時半ぐらい。

翌日の出発に備えて空港で両替をしたり、無駄にターミナルをフラフラしたり、吉野家で晩飯を食べたり(第2ターミナルには吉野家あるよ!)、そんなことをして時間を潰してから宿にチェックイン。

宿の場所はココ。ナインアワーズ成田空港。

カプセルでゴロゴロしながら「忘れ物は無いよな?」とアレコレ考えていると…あった!コンセントを変換するアレ。

急いでスマホで調べると、空港内で何店舗か取り扱っているようだった。

空港直結の宿で良かったー!!

ダッシュで買って、この日は就寝。

アジアハイウェイ1号線の旅 激走東南アジア編【準備】ビザを申請した時から試練は始まっていた


情報収集

旅のスタートとゴールをどこにするか、かなり悩みました。

悩んだ末、まずは行き慣れているタイからスタートして、行ける所まで行ってみることにしました。

タイからミャンマーまでは問題無く行けそうでした。

ミャンマーから先は未知の世界。

ネットで調べると、ミャンマーからインドへ抜けた人のブログを見つけました。

そのブログを参考にして日程を組んだのですが、バスの乗り場や移動時間がわからない。

この地域の情報は、まったくもって少ない。

どうやって行くのかわからないけど、とりあえずインド北東部までは行けそうなので、インドビザを取得することにしました。

インドビザ

これがまためんどくさかった。

それにしても記入事項が多すぎる。

なんで両親の情報を入力するのか意味不明。

今はWebで申請書を作成してプリントアウトする方式。

学生時代にインドに行った時は、大使館で用紙に書いたからもっと面倒だったんだと思う。記憶に無いけど。

なんとか作成した申請書を大使館に郵送したら、数日後に大使館から突然電話がかかってきました。

プリントアウトした用紙にサインをし忘れたらしく、FAXして欲しいと言われる始末。

そんなこんなでインドは行く前から大変でした。

ビザ取得からインドの試練が待ち受けていました。

ビザの取得方法は、親切に説明しているWebがあるので僕の出番はありません。

そちらを参考にするのがいいと思います。

バングラデシュビザ

思ったより早くインドビザが取得できたので、バングラデシュビザも取ることにしました。

インド北東部と言う僻地をゴールにすると、次の旅でバングラデシュを通過するためだけに、また北東部へ行かなければならないのが面倒に思えました。

なので今回の旅でバングラデシュもまとめて行くことにしました。

在日バングラデシュ大使館を検索すると、Webが2つ存在しています。

すでに先が思いやられる。

大使館は最近移転したらしく、まだ生きている古いWebに書かれていた住所に行きそうになりました。

新しいWebもリンクに不具合があったり、公式Twitterが2017年で止まっていたり。

バングラデシュのビザは、インドビザと同様に申請前にWebで申請書を作成しました。そして大使館に直接申請。

必要書類が必要だったり不要だったり、よくわからないまま申請して、出発直前になってようやくパスポートにビザが揃いました。

こちらもビザの取得方法も、親切に説明しているWebがあるので、そちらを参考にするのがいいと思います。

アジアハイウェイ1号線の旅 激走東南アジア編【旅程】

旅したルートと日程を記します。

2019/9/6~2019/9/24


1日目

9/6

日本 / タイ

成田 > バンコク >

2日目

9/7

タイ >ミャンマー

> メーソート > ミャワディ >

3日目

9/8

ミャンマー

> ヤンゴン

4日目

9/9

ミャンマー

ヤンゴン >

5日目

9/10

ミャンマー / インド

> タムー > モーレ > インパール

6日目

9/11

インド

インパール

7日目

9/12

インド

インパール > ディマプル

8日目

9/13

インド

ディマプル > シロン

9日目

9/14

インド / バングラデシュ

シロン > ダウキ > タマビル > シレット

10日目

9/15

バングラデシュ

シレット > ダッカ

11日目

9/16

バングラデシュ

ダッカ >

12日目

9/17

バングラデシュ / インド

> ベナポール > ペトラポル >コルカタ

13日目

9/18

インド

コルカタ

14日目

9/19

インド / タイ

コルカタ > バンコク

15日目

9/20

タイ

バンコク

16日目

9/21

タイ

バンコク

17日目

9/22

タイ

バンコク

18日目

9/23

タイ

バンコク >

19日目

9/24

日本

> 成田

アジアハイウェイ1号線の旅【はじめに】


イントロ

2018年11月に、僕は2度目の休職をしました。

数年前からうつ病に悩まされ、それでも休まずに働いて一時は回復(寛解)していました。でも休職する年の春に遠隔地へ転勤になり、環境の変化について行けずに病状は悪くなっていきました。

1度目の休職から復職する際に「また休職するようなことがあったら仕事を辞めよう」、そう思っていました。

そんな僕は、復職して1週間も経たずに会社に行けなくなっていました。

この話は、そんな僕が会社を辞めてからアジアハイウェイ1号線を旅した覚書です。

当初は文章化するつもりはありませんでした。

いざ旅を計画してみると、この旅に必要な情報があまりに少ないことに気づきました。

そんな状況だったので、僕の旅の記録が次なる旅人の参考になることを願ってこの文章を書くことにしました。

旅の動機

初めて海外に行ったのは学生時代。

経由地のタイで盗難に遭い半ベソ、その後インドで強烈な個性を見せつけられた旅でした。

サラリーマンになっても、長期連休の度に東南アジアを中心に旅を続けていました。

「定年を迎えたら世界旅行をしたい」と、ことあるごとに嫁さんに言っていました。

退職することを決意して、今後どうしていこうかとボンヤリ考えていた時、嫁さんがこう言ってくれました。

「しばらく働くつもりが無いんだったら、前からやりたがっていた世界旅行に行ってみたら?」

この時から僕の旅が始まりました。

旅の計画

いざやりたかった世界旅行をすると言っても、あまりに漠然としすぎていて、どこからどこまで行けばいいのかサッパリわかりませんでした。

そんなある日、Googleマップを見ながら、ふと「アジアハイウェイ」と言う単語を思い出しました。

「たしかアジアを横断する道だったような…」

調べると、アジアハイウェイ1号線は東京からトルコとブルガリアの国境までを繋げる長大な道でした。

「現代のシルクロードと呼ばれている」ってフレーズにもシビレました。

僕は「これだ!」と思い、この道を西へ向かうことを決めました。

そしてこんなルールを設けることにしました。

  • 旅のルートはアジアハイウェイ1号線(以下、AH1)とする。
  • WikipediaのアジアハイウェイのWebに記載されている都市を通過することとする。
    ただし現地の交通事情や政治情勢などにより通過が適さない場合は、この限りではない。
  • 交通機関などの事情によりAH1のルートを外れてしまう場合は、AH1を通過したことと同義とする。厳密にAH1に沿わなくても良い。
  • 貧ぼっ旅精神を忘れず、大いに楽しむ。

無職で毎日を自由に使える身とは言え、月に1度の通院や諸々の用事のため、1回の旅の期間を3週間として、複数回に分けて旅をすることにしました。

本当は一気に全ルートを制覇したかったんだけど、今の僕にはこのスタイルが身の丈に合っているようにも思えました。

ルートをいくつかの区間に分け、各区間を順不同で旅しました。

全区間のルートが繋がったらゴールとしました。

なのでスタート地点から3週間でどこまで行けるのかを調べるところから計画が始まりました。

そして各都市間を結ぶ交通機関や所要時間などを調べていきました。

これが地味に大変で、またワクワクする作業でした。

場所によってはネットでの情報がほとんどありませんでした。

(先人がいないとは思いませんが、極端に少ないのかな)

そんな時は「ま、その場に行けばなんとかなるっしょ」と、計画が不十分のまま出発しました。

おことわり

この文章は旅をした順に構成しました。

アジアハイウェイ1号線を東から西へ旅する順に構成されていません。

またこの文章の一部はフィクションです。

現在の法において禁止されている行為や不道徳な行為があるかもしれませんが、そういった記載はフィクションとして楽しんでください。